久しぶりに何も予定がない11月の土曜日、たまった洗濯物を回し、ゆっくりコーヒーを飲める朝はやっぱり嬉しい。海士町でも意外とこういうゆったりとした休日の朝は少ないように感じる。
朝のひと仕事を終えて片付けをしていると、実家からラフランスが届いていたことに気づく。もう1週間ほどたっていて、いいかんじに熟れてきているのに、まだ1つも食べれていない。
こんなときは、ラフランスのお裾分けを口実に、会いにいきたい島の人の顔を思い浮かべてみる。このあいだ具合が悪かったときに、わざわざごはんを持ってきてくれた近所のご夫婦、いつもお世話になっている地元の漁師さん、たまに豆腐をおまけしてくれる商店のおばちゃん。こんな風に顔の思い浮かぶ人が増えてきたことは、移住をしてきて嬉しかったことの1つである。
そしてビニール袋につめたラフランス片手に、まず会いに行ったのはこの方。
海士町の豊田地区で漁師をされている山下照夫さん。
この道50年の大ベテランで、僕が島で携わる教育の仕事で一緒に高校生向けのフィールドワークを企画させてもらったり、よそ者の自分を地区の運動会に呼んでいただいたり、とにかく色んなところでお世話になっている人である。
ラフランスをお渡ししながら、最近の漁のことをきいてみる。
「やっぱり今年はイカが、ぜんぜんダメだ。白イカも、シマメも、ぜんぜんおらん。50年漁師やってて、こんなこと本当にはじめてだ」と嘆きの言葉がかえってくる。
イカが不漁のため、この日は若手の漁師さんと「延縄(はえなわ)」という漁の仕掛けを準備しておられた。明日の漁では、それで鯛などを狙うらしい。せっかくなので、何か手伝えることがないかきいてみた。
すると「これ(延縄)は、素人にはやらせられんやつだわ」と言われる。おおらかなやさしさの奥にある、山下さんの職人としてのプライドがその表情に垣間みえる。
いつまでもお仕事の手を止めるわけにはいかないので、そそくさと車に乗り込み、家に帰ることにする。
そして自宅に帰る前、買い物がてら家の近くの亀田商店に寄る。豆腐屋さんでもある亀田商店には、秋から冬にかけて、僕が仕事で勤める高校の生徒が、クリスマスのイルミネーションづくりをお手伝いする姿が見られる。
レジで商店のお母さんに「イルミネーション、今年もうちの生徒がお世話になってまして」と伝えると、「こっちも助かってるよ、今年は大きいモミの木をつくるってね」とかえってくる。
そして、それにつづけて「今年は島の子も1人手伝いにきてくれとってね、それが本当に、嬉しいんよ。Iターンとか、島留学で外から来た高校生がどうこうと言うわけじゃないけど、やっぱり、地元の子が引っ張っていかんといけんし、誰かが背中を押してやらんといけんねえ」と話すお母さんの表情は、本当に心から嬉しそうだ。
そんな雑談をもう少し続けていたいところだが、商店のレジは1つしかない。後ろに視線を感じながら済ませる1156円のお会計は、いつの間にか端数が切られて1150円になっていた。
それからラフランスをご近所にお届けして、天気がよかったので、少しぶらぶらしながら写真をとっていたら、田んぼのあぜ道にススキが。何度も通っているはずの道なのに、こんな景色も意外と見過ごしてしまっていることにふと気づく。
夕方には家にかえって、地元の兼業農家さんがつくられた海士のお米を炊く。今年は「きぬむすめ」という品種でつくられたらしく、お米が少しかたいから水を多めに入れるよう教えていただいた。
ご飯をたべて原稿を書いていたら、あっという間に夜も更けていく。
そして翌朝の日曜日は起きたらもう8時。夜に書いた原稿を読み返したあと、Facebookのタイムラインを眺めていたら、とある地元の人のこんな投稿が目に入ってくる。
島の素顔にせまるはずが、僕は満天の星空も朝霧の幻想的な景色もすっかり見逃してしまった(これはなんとも悔しい)。
でもやっぱりまだ見ぬ島の素顔がありそうだから、この秋も、その後にやってくる冬も、なんだかもう少し楽しみ、味わえるような気がしてきた。