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2021.02.16

自分のペースで向き合う

「タイも海士町も『仕事とはこうあるべき』から自由な雰囲気が似ている」ーそう語ってくれたのは、2020年7月の終わりに海士町に移住し、ふるさと納税1億円達成に奔走した松田昌大さん。
もともとタイのバンコクで人材紹介の仕事をしていた松田さんが、わずか2週間の準備期間で縁もゆかりもなかった海士町へわたり、ふるさと納税の3倍増という高いハードルに挑戦したのにはどんな背景があったのか?駆け抜けた半年間はどんな様子だったのか?半年を経て松田さん自身にどんな変化があったのか?
移住から半年後の2021年1月、松田さんの海士の”あとさき”ならぬ海士の”さきあと”のお話しを伺いました。

 

 

松田昌大さ

鳥取県米子市出身。2020年7月に海士ホールディングスの正社員第一号として海士町へ移住しふるさと納税1億円達成のため奔走、来島わずか半年足らずで見事目標を達成する。
大学在学中に世界一周したり、卒業後就職までのギャップイヤー半年の間台湾でカレー店を営んだり、初職でタイのバンコクへ赴任したりと海外経験も豊か。

 

行くならこのタイミングで行ってしまおう

 

-松田さんが海士町にくるきっかけは何だったんですか?

海士町に来る前は、2019年4月からバンコクの日系企業向けに求職中のタイ人の方を紹介するという仕事をしていました。大学在学中の2017年4月から2018年3月まで休学して世界一周したんですね。インドに2か月半ほどいたんですけど、めちゃくちゃ優秀な日本語・英語ペラペラな人がスラムにいたりして、こういう人に能力を発揮できる機会が提供できたら自分も幸せだな、と思ったので人材ビジネスに就きました。社会人1年目からいろいろ挑戦させてもらいました。


ただ、コロナが来て人材のマーケットが凍結してしまって、本社から本国への帰任命令が出ました。帰任後も人材の事業がやりたかったんですけど、全く違う部署に配属されることになって。ここで長くいるよりは地元の方で転職しようかな、と決意した次第です。

 

-地元はどちらなんですか?

地元が米子市なんですよ。隠岐の島へも何年も前から来ていて。親戚が住んでいたのもあって、遊びに行く中で顔見知りも増えていき、米子に帰省するついでに隠岐の島にも行くっていうのが自分の中でルーティンになっていて身近な存在だったんですよね。
昔から地元が米子ですし、隠岐の島にも長いこと通っていたので、いつかは隠岐の島にも移住したいという思いも持っていたんです。それが早いか遅いかで、行くなら今このタイミングで行ってしまおうという決断しました。

 

一地方を自分ごとで考えるなんてみたことない

 

-地元や隠岐への移住・転職を考える中でどうやって今の海士町の仕事にたどり着いたんですか?

求人サイトです。日本仕事百貨っていうサイトがあって。地方に行きたいなって思った時に、佐賀で地域おこし協力隊をしている友達に相談したんですよ、どうやって仕事見付けたの?って。その人から日本仕事百貨が地方で仕事探す時に面白い媒体だよって聞きました。
日本仕事百貨はビジネスとか給料をごり押しするっていうよりかは、むしろどうありたいか、その会社が町にどれだけ貢献できているのか、社会にどれだけ貢献できているか、を推すサイトで、想いにベースをおいた求人サイトだったんです。

 

-それで日本仕事百貨の海士町の求人を見てつかまれた?

海士町の求人を見た時に、海士町とは?海士ホールディングスとは?というところから紹介されていました。今までバラバラだった会社がひとつの会社に集まることによって、海士町として連携しやすくしていこうって、小さい島のわりにめちゃめちゃ面白いことしてるなと。
ふるさと納税に関しても、小さな島だからこそもっと外貨を集める手段としているのが面白いなって。他の事業と全く違うなって思ったのが、町全体、ひとつの地区を我がこととして考えているところ。一会社、一事業を我がことって考えるのが普通だと思うんですけど、一地方を我がことって考えるのは見たことないぞって。
面接も全部オンラインで完結させていて、自治体が入っているような団体が新しいことに一目散に着手しているっていうのが自分の中では衝撃でした。
海士町面白いっていうのが最初で、やる事業がなんにせよここに関わっていこうって決めました。

 

準備2週間で海士町へ

 

7月半ばに日本に帰ってきまして。日本帰ってから住所もなかったので、役場との手続きとかで結構時間取られる。合間の時間でふるさと納税ってなんだろう?そもそも何?というところから調べてちょっとずつ準備を始めました。移住するための車とかも一切なかったので緊急で用意したり。軽のワゴンRなんですけど、それに家具、冷蔵庫、洗濯機とか家電全部詰めてフェリーに乗りました。車全然改造してないのにシャコタンになってたんですよね。実家出るときもおやじに「夜逃げでもするんか」って言われて。

 

-事前にオンラインでブリーフィングとかは?

なかったですね。採用決まったのが6月の半ばか末くらい。採用が決まったタイミングで今の上司とweb面談してもらって。いいから来い、来たらいいから、みたいな。そこの段階でこういった事業でこう動くからみたいな情報は1ミリもなく。何が待ってるんだろうみたいな感じでワクワクはしましたけどね。笑
あまり時間もなかったんで、事業に対する準備はほぼほぼできず、バタバタしながら海士町来た感じです。

 

-海士町上陸時の第一印象はどうでした?

仕事決まるまで海士には来たことなかったんですよ。隠岐の島町のイメージが頭の中にずっとあったんです。ある程度住みやすいだろうな、みたいな。フェリー下りた瞬間は港すごいきれい。ついに海士町か、けっこうきれいだな、と思いながら。そこまではすごいじゃん、みたいに思ってたんですけど、先導して下さった方について海士町内をぐるっと回りながらちょっと絶望していて。僕の家まで車でいっている途中に本当になにもなかったので・・・。その方に唯一の信号だよって言われた時に、マジか!って。頭の中は隠岐の島と同じイメージだったので。
まぁ来ちゃったもんはしゃーないなって。

 

事業者の間を走り回る日々

 

-海士町着いてからの仕事はどんな風にスタートしたんですか?

所属は海士ホールディングス。正社員は私だけで、あと副業的に入って下さる方がひとりいます。移住後は島ファクトリーのリネン工場に引きこもったり、顔つなぎで色んな事業者さんのところを走り回ったりしました。1か月くらいしてからはふるさと納税返礼品のメニュー作りで、結構いろんな事業者さんに会いに行って打ち合わせして、みたいなところで動いてました。隠岐の島の隠岐酒造さんとかにも行かせてもらいました。
サイト内の画像作りやポスター・チラシ作りも任されました。デザイン経験は一切ないんですけど、とりあえず作ってやり直して、作ってやり直してみたいな感じで。
なかむら旅館さんにもお世話になりました。家から歩いて2、30分位のところにあるんですけど、結構頻繁に遊びに行くようになっていて。イベントごとや面白い人が来る時に結構声かけてもらえます。なかむら旅館さんからのつながりだったりとか、紹介してもらって島内の色んな方につなげてもらうっていうのが多いです。バイトでも呼ばれて手伝ったり。

 

-着任した時点でふるさと納税はどのくらい集まっていたんですか?

7月段階で確か3000万円いかないくらい。2000万円とかそのくらいで、1億円まで頑張りましょうとなってました。どう動くかという具体的なところは決まっていなくて、初めてのミーティングの時にこれが今の海士町の課題ですというのをもらって、そこからどうしようかというスタートでした。

 

先人が信じている場所を信じる

 

-残り5か月で7000万集めるって、正直どんな気持ちでした?

もともと面接の段階ではふるさと納税3000万円から3億円にしますっていう10倍計画を聞いてて。3億か結構いくな、それ無理だろって思いながらも、自分の力を試したいな、行って挑戦してみようって思って。そこから最初の1年は1億円って聞いてちょっと安心しました。あ、目標下がったよかったって。笑
とは言えやってくうちに1億円無理なんじゃないかって思ったこともありました。
10月か11月くらいに、予祝会とかいって、1億円達成したていで隠岐牛3人で食べに行ったんですよ。その時たまたま町長がいて。ほぉー、俺が出してやるわって。自腹のつもりが町長に出してもらっちゃって。もう逃げようがない。ノリでやった予祝会が本気になってしまう。
結構ずっとプレッシャーはありましたね。あたま薄毛になったりして。
最後の駆け込みでなんとか達成してくれたんでよかったんですけど。

 

-縁もなく初めてきた場所で町への応援を集めるのは大変そうです・・・。松田さんが信じられる何かがあったんですか?

今まで関わってきて良くしてくれた方が海士町を信じているっていうのが大きな理由かなと思います。外から来て島を良くしてくれた方が信じている場所を信じてみようというのでモチベーションが上がってます。
今提供している返礼品は自分で食べてみて美味しいって思っているのですが、海士町ブランドだったり、人と人のつながりで信じられるものだっていう確信できるっていう思いはあります。

 

どれだけ海士町で迎える準備ができているか

 

-ふるさと納税は他の自治体との獲得競争という面もあると思うのですが、どう取り組んで目標達成したのですか?

2020年のふるさと納税に関しては、獲得する客層に違いがあるなと思っていました。今まで関わってくれた方々にもう一度戻ってきてもらうとか、今までふるさと納税してくれたお客さんにもう一度力を貸してらもうっていうのが課題だと思ったんです。

 

-それは松田さんご自身で設定した課題だったんですか?

唯一データがあるのが今まで関わってくれた人のリストだったので、限られたリソースでの選択として自分は、今までのお客さんに向き合おうってなりましたね。新しく獲得するよりは、海士町を知ってくれているっていうのはすごい大きいことだと思っているので、新しく動き出したらまた力を貸してくれると思って設定しました。関わり方としても改めてメールをしてみたり、1人ずつ電話をしてみたりとか、というところで動いてみました。
他の地域と競争して新しい顧客を獲得するというより、放置してしまっていた今までのお客さんにどれだけ向き合えるか。そのための前段階として、ふるさと納税の品物を増やしたり、準備をするっていうのが必要だと考えていました。競争というより、どれだけ海士町で迎える準備ができているかっていうのが大切かなって思ってます。

 

愛をもって向き合う

 

自分が心にとどめている言葉があって。他者に愛をもって接しなさいということはずっと言われてきたので、もっと愛をもって他人に接せられないかなっていうのは意識してきました。自分で言うのもあれなんですけど、今結構海士町の中でいろんな事業者さんと関係はいいなって思ってて、根幹としてはちゃんと向き合えてるからかなって思ったりしてます。
もともと私がクリスチャンなんですね。スペインにキリスト教の巡礼路があるんですけど、大学3年の時にそこに行きまして。私の母が病気になっていたので、自分が行って各教会の神父さんとかに祈ってもらおうと。ゴール手前で母の病気が重くなって帰国せざるをえなくなって、巡礼がゴールできないままだった。自分の中でモヤモヤしていたので、大学在学中に解消してしまおう、どうせ行くなら当時住み込みで働いていたゲストハウスのお客さんに会いたいし、最後にやりたいことをやりきってしまおうと休学して世界一周したんですが、その巡礼で受けた影響がすごく自分の根幹にあります。

巡礼をする人が口をそろえて巡礼=人生だよって話しをするんですね。巡礼ってひたすら1日歩き通すんですよ。実際歩くのは自分だけであくまでレースじゃない。巡礼がレースじゃないとしたら人生も一緒、人生もレースじゃないよ、自分のペース守っていきなさいって。会社の中で競争環境になって、自分も流されて、その中にいて疲弊したりするんですけど、その考えが一度立ち止まらせてくれる。海士町に来てからも誰よりも早くやらなきゃって思うこともあったんですけど、島内で競争じゃないし、焦ってしまってもしょうがない、自分のペース、周りのペースにちゃんと合わせていこうって考えることもできた。巡礼に行ったのがすごく自分の中ですごく大きなターニングポイントになってますね。

 

余白を楽しめるようになった

 

-海士町に来て半年。松田さんご自身でかわったところはありますか?

5時半定時なんですけど、6時前には家に帰れるので、すごく自分の中ではゆっくりできるなって。前職が家に帰らなくて、12時過ぎまで位はずっと会社に残っていたので、それと比べるとだいぶプライベートの方を充実できる。ワークライフバランスがちゃんとできてます。すごい理想形に近い働き方です。
びっくりしたんですけど、海士町の雰囲気も結構タイに似てるなって思っていて。東京で仕事とはこうあるべきっていうのをずっと教えこまれてたんですけど、タイに行ったらもっと自由に仕事を考えていて、急がなくてもいいじゃないか、競争じゃないんだしと。島内でもあんまり競争っていうのはないんで、そこはけっこう似てるな、衝撃的だな、って思いました。

と同時に、もっと先を見据えて動いてるんだな、っていう刺激はあります。今までに会ったことがない人種の方々が多いですし。海士で好きにやったらいいじゃんっていうのと、日本の未来を見据えて動いているっていう方が多いので、それが面白いなって思います。
こっちに来てから新鮮なんです。前職みたいにせわしないわけではないけど、すごい優秀な人たちが揃っているので自分もすごく毎日刺激を受けて。ビル街と比べて自然もいっぱいあるっていうところで心も癒される。

余白を楽しめるようになったかな。今まで仕事ばっかりで土日とかも次の週の準備とかでパソコンと向かってみたいな感じだったんですけど、今は少しずつ時間もできてきていて。空いた時間で自分の趣味に向き合ってみたりとか。最近だと今までやったことなかったこと、例えば釣りとか誘ってもらって一緒にやってみたり。余白をどう自分の中で楽しんでみようかって目を向けることができています。

 

つながりの芽を育てる

 

あと人との繋がりを今まで以上に重要視するようになっていて。島は良くも悪くも少し狭いので、つながりを断っちゃいけないし、育てていかなきゃいけない。目に見えないつながりなんですけど、わずかな芽が出てる、それをどれだけ育めるかみたいなところがすごい重要だって思えるようになりました。今までだと出会って合わなかったら関わらなくていいや、ビジネスの上でも合わなければ関係を切っちゃえばいいやって感じだったんです。けど島の中だとそれがなかなかしずらいしできない環境になるので、もっと自分が柔軟になったりとか、違った提案をしたりとか、相手が何を求めてるんだろうっていうのを考えられるようになってます。

 

変わった体験といえば海士

 

-これからやっていきたいことはありますか?

他にはない返礼品を出す海士町を創造したいなって思っています。例えばみかんといったら和歌山、うどんと言ったら香川みたいな感じだと思うんですけど、何かを体験するならっていう時に海士町って出てきたら面白いなって。
海士町の強みは何かなって考えた時に、実際に来て楽しむ、感じることとか体験するものをメインにすえたらいいんじゃないかって思って。例えば、夏場のサザエ獲り。自分は今までサザエ獲りとかしたことなかったけれど、島の人は平然と当たり前のようにやっている。冬に餅つきとか他ではなくなってしまったものを今も当たり前のようにやっている。島で当たり前と思っていることは他では特殊だなっていうのは肌身で感じていて、まだまだピックアップすべきだなって考えています。
ふるさと納税でまだまだ他にないようなものをたくさん作って、変わった体験ができるなら海士町っていってもらえるようなふるさと納税を目指していきたいなって思ってます。

 

海士町ふるさと納税情報
海士町ふるさと納税特設サイト:https://amaholdings.co.jp/furusato-ama/






内山 貴之
Takayuki Uchiyama

amatte 編集室 / 東京在住
1978年生まれ、東京育ち。幼少期の夏休みは両親の故郷鹿児島でリヤカーを引っ張り野山を駆け回って過ごす。「自分だったら生きたくない世界」が今この時にあることが頭の中から追い出せず、国際関係について学んだのちJICAに5年弱勤務。その後国際協力はライフワークにすることにし、家業の南の離島専門の旅行会社・南西旅行開発を継ぐ。2017年大野とともに株式会社余白探究集団を起業。

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