「まき」
それは端午の節句に欠かせない和菓子のこと。
一般的には柏餅やちまきが有名だが、柏が自生していない島根県では代わりにサルトリイバラという、トゲのあるツル植物の葉を使った和菓子が定番。
地域ごとに菓子の呼び名は変わるようだが、ここ海士町では「まき」と呼ばれている。
まきに使う葉っぱを海士の人たちは「まきの葉」や「かたりの葉」と呼び、時季になると山道沿いで採取するか、商店で購入する。
海士では旧暦で節句を祝う家庭も多い。西暦2020年の場合、旧暦の端午の節句は6月25日となる。その3日ほど前にまきの葉を山へ採りに行くというおばちゃんがいたので、同行させてもらった。
同じような葉っぱがたくさんあって、見つけるのが大変。
慣れた地元の人は「大体この辺にある」ことが分かっているので、車でいろんなポイントをまわってみる。
「ほれ見てみ、みんな引っ張っとぅわて」
と、しきりにつぶやくおばちゃん。
引っ張る...?
どういう状況なのか、よく分からなかったが、どうやらすでに誰かが奥の方からツルを引っ張ってまきの葉を採ってしまった...ということらしい。
他の人が取り損ねた、高い位置や奥の方にある葉に手を伸ばそうとしてみるも...
「ほれ、あんた、そこ!ハゼがあっけん、気ぃ付けぇ。ハゼはかぶれっけんねぇ。」
植物のことをほとんど知らない私には葉っぱ一枚採るのにも危険が隣り合わせ。
おばちゃんは道中で知り合いに声を掛けられるたびに、
「まきの葉とり来たけど、みんな引っ張っとって、なんぼだ残っとらんわ」
と言っていた。
結局まきに使うには小ぶりなものしか見つけられず、ゲットした数も20枚ほど。
そのままおばちゃん宅に戻ると、ほどなくして、道中で出会い話した一人のおばちゃんが訪ねてきて、袋いっぱいのまきの葉を持ってきてくれた。
聞けば、たくさん採れるポイントを5ヵ所くらい知っていて、毎年採りに行ってはいくつかの商店に卸していると言う。
大きくて、傷一つない立派な葉ばかりで、まさに「まきの葉のレジェンド」だと思った。
レジェンドからもらった葉っぱは、もったいないので冷凍保存するらしい。冷凍しておけば、秋の節句やまつりの時などにも作れるから、とのこと。
今回採った葉っぱを使って、早速まきのつくり方を教わる。
まずは、まきの粉と団子の粉を混ぜる。
混ぜる分量は家庭や好みによって微妙に異なると言う。
だんごの粉を多めに入れればやわらかい餅に、まきの粉を多くすれば固めの餅に仕上がる。今回は、分かりやすいので500gずつ混ぜることにした。
水を少しずつ加えながら混ぜる。
水の量は目分量。
「私はね、母親から耳たぶくらいの柔らかさって教わったよ。」
生地が「耳たぶくらいの柔らかさ」になるまで水を加えつつこねる。
終わったら、一つ分ずつ分けておく。
食べる時に餅がはがれやすくなるよう、予め葉っぱの表面(つるつるした面)に油を塗っておくことも忘れずに。
おばちゃんは「なんとなく、こっちのがいいような気がするよ」と言いながらオリーブオイルを使っていた。
餅は手のひらで伸ばして、一つずつ甘い餡を包み込む。今回はこしあんを使用。
あとは、葉の油を塗った面に餅を挟み蒸すだけ。
大きな葉っぱなら1枚で、小~中くらいの葉っぱなら2枚で挟む。
餅は蒸すと膨らむので、基本は2枚使用。
蒸し器に並べて、待つこと15分。
葉っぱの色が全体的に変化していれば、できあがり。
出来立てホヤホヤは本当に美味しい。
餡入りの餅からはほのかに葉っぱの香りが漂う。
仏壇に供える分、家族で食べる分、親戚やご近所さん、友人にあげる分...驚くほどの数をこしらえるのが海士流。
今回は10個ほどしかつくらなかったが、おばちゃんは日を改めてたくさんのまきをつくり、いつもどおり、親戚やご近所さんに配り歩いたそう。
まきづくりも楽しかったけど、個人的には「まきの葉探し」にハマってしまった。
後日、友人と西ノ島ドライブへ。気づけば道路わきに目が行ってしまう。
素敵な風景を横目に見ながら、いつの間にか本気で探し始める。
「あ、あった!...いや?やっぱ違うかな、ちょっと戻って確認しよ」
「違った!ごめん、次!」
こんな会話の繰り返し。
見つけたら、そこで車を止めて、手の届く範囲で採取。
「大きくて傷のないものは、商店で買い取ってもらえるかな。」
「小さいのや傷のあるものを使って、今度は自宅でまきをつくってみよう。」
こんなことを考えながら。
観光名所もたくさんある西ノ島。
葉っぱを必至に採っていると、熊谷ナンバーと名古屋ナンバーの車が横切った。
車内の人たちは不思議そうにこちらを見る。
都会に住み、観光で隠岐に来ていただけだったら、まちがいなく私も彼らと同じような反応をしただろうな。
来年、端午の節句が近づいたらまた葉っぱ探しから始めよう。